トライアングルのメンバー.jpg

トライアングル(とらいあんぐる)とは、1978年4月4日のキャンディーズ解散にともない、テレビ局、各芸能プロダクション、レコード会社がポスト・キャンディーズを狙って女の子3人組みのコーラスグループを軒並みデビューさせた。

その数多いドジョウ狙いの中で唯一他のコーラスグループとは全く違った運命を背負わされることになったのが渡辺プロダクションからデビューした
「トライアングル」であった。
最初のグループ名はキャンディーズの妹分として「キャンディーズjr」であったが、キャンディーズファンや音楽関係者、一般世間からも猛烈な反発や批難を受けキャンディーズが名付け親となって「トライアングル」と改名した。
「全員集合」「飛べ、孫悟空」等、テレビ、ラジオ、ステージとアイドル活動を続けたが、7枚のシングルと2枚のLPを残し、3年程で解散したアイドルコーラスグループであった。尚、初期オリジナルメンバーの二人は現在も芸能活動をしている。


1.概要

1977年7月17日にキャンディーズが日比谷野音で解散宣言をしてから、1978年4月4日のキャンディーズ解散を見越して各テレビ局、各芸能プロダクション、 各レコード会社がポスト・キャンディーズを狙って女の子3人組みのコーラスグループ(アパッチ、フィーバー、チェリーズ、アップルズ、etc)を軒並みデビューさせていた。

そんな中、渡辺プロダクションはキャンディーズとの解散に関する一連の話し合いを続けている裏側で、テレビ局、各芸能プロダクション、レコード会社が送り出してくるポスト・キャンディーズを狙う女の子3人組のコーラスグループに対抗して

(左)森 光子(ミッチ) 昭和35年3月6日生 福島県いわき市出身 A型
(中)大塚邦子(クーコ) 昭和35年5月12日生 東京杉並出身 B型
(右)上野真由美(マミ) 昭和35年4月9日生 名古屋出身 O型

急遽この3人で1977年10月にキャンディーズの妹分として「キャンディーズJr.」を結成して活動を開始させることにした。
だが、その途端にキャンディーズファンや芸能音楽関係者、一般世間から猛烈な反発や批難を受けることになる。

そのような反発や批難を受けた最大の理由は「キャンディーズ」という名前を使っていた事にあり、キャンディーズファンからは「キャンディーズはNHK歌謡グランドショーから苦労して、努力して、実力をつけて、ファンと3人が育て作り上げたキャンディーズであり、 その名前を苦労もしていない新人グループに使う事は許さないし、認めない!」として「その名前の使用は辞めろ」と抗議や脅迫までも事務所にあったと言われる。
この名前使用の一連の抗議の模様はキャンディーズタイムズ等にも批判文、抗議文が寄せられており、この問題の重さが判ろうと言うものだ。
芸能音楽関係者からも「キャンディーズ」の名前を継ぐのは新人には荷が重過ぎる。と言われたり、世間からも「キャンディーズの二番煎じ」などと正式デビュー前から痛烈な批判を浴びてしまった。
だがこれは本人たちが望んだ名前ではなく事務所側が勝手に付けた名前であり、当時17歳の女の子が受ける重圧としては相当なもので過酷過ぎる程の重荷に苦しみ耐えていたことも想像に難くない。
名前以外にも、キャンディーズのイメージをそのまま映したような髪型やルックス、体形が反感こそあっても世間から素直に受け入れられることもなかった。

1978年02月にキャンディーズが名付け親となって「トライアングル」と改名され、短期間ではあるが全員集合でキャンディーズと一緒に出演していたこともあり、1978年4月4日にキャンディーズが解散した後の1978年4月21日に「トライアングル・ラブレター」(オリコン最高28位)でCBSソニーからデビューを果たした。
これぞ歌謡曲!という感じの爽やかな、新人らしいイメージの良い曲ではあったが、デビュー前の一連の騒動が世間的にも記憶に残っていて、これ以後、テレビ、ラジオ、ステージ等精力的に活動していたものの、レコードの売上、(「0のメルヘン」(オリコン最高85位) 「キャプテンZAP」(オリコン最高67位) 「ラブ・ロコモーション」(オリコン最高110位))、人気もいまひとつパッとしないグループとなってしまった。
1979年07月に大塚邦子が脱退/加藤明恵(アキ 昭和37年12月15日生 名古屋出身 A型)を加入させてイメージチェンジを図ったが、1981年1月31日出演の「全員集合」を最後に解散。

今の目から見ても歌唱力やアイドルとしての魅力も充分にあったトライアングルであったが、ポスト・キャンディーズ狙いの競争に担ぎ出され、唯一他のコーラスグループとは全く違った運命を余儀なくされ、キャンディーズに似せればキャンディーズ解散後のファンがこちらに流れるといった渡辺プロの安易な思惑もまったくの期待ハズレとなり、渡辺プロの計画失敗のドロを押し付けられた形となり、トライアングルが持つ本来の魅力を引き出す事もできずに終わってしまった。もっと違った形でデビューさせていれば別の形でキャンディーズの人気にも迫れたであろうとさえ言われていたのに、悲運なグループとしか言いようがないのが残念である。

もっともポスト・キャンディーズの中で成功したグループは一組もなかった事も付け加えておく。

※オリコン順位情報提供:窪田様

2.解散後

脱退後の大塚邦子は女優に転身、1980年CX系『私は後妻よ』でデビュー、NHK教育『みんななかよし』に出演、象印のCMにも出演。その後「大塚くに子」の名で雑誌のモデル等で活躍、その後引退。現在は専業主婦。
解散後のメンバーの加藤明恵は「藤本あき」と改名し、解散後も全員集合のアシスタントを続け、『CXクイズ、ドレミファドン』の女性司会者として出演、その後一時期「ALALA」と改名後、TV朝日系『痛快!婦警候補生やるっきゃないモン! 』等に出演、そして「藤本あき」に戻しミュージカル等にも出演、現在は有名脚本家夫人であり、一児の母である。
森光子は解散後、「もりみつこ」の芸名でミュージカル『むかしむかしのかぐや姫』の主役デビュー後1年程活動し、その後「小森みちこ」に改名し、TX『スターポーリング』の司会、映画『あんねの子守唄』でスクリーンデビューし、2本の主演映画出演。上野真由美は「上野マミ」として、現在でも地元名古屋で芸能活動をしている傍ら二児の母でもある。

※情報提供:窪田様

3.発売されたトライアングルのレコード

ポスト・キャンディーズの中で唯一、キャンディーズの息が掛かった光栄なグループということでトライアングルのレコードを紹介しておく。

●シングルレコード

ジャケットタイトルレコード番号発売日
EPトライアングルラブレター.jpg
トライアングル・ラブレター/三色の虹CBSソニー 06SH2851978.04.21
EP0のメルヘン.jpg
0(ゼロ)のメルヘン/ドリーミングCBSソニー 06SH3601978.07.21
EPキャプテンZAP.jpg
キャプテンZAP/タッチ・アウトCBSソニー 06SH3991978.10.01
EPラブ・ロコモーション.jpg
ラブ・ロコモーション/心のとどかぬラブレターCBSソニー 06SH4511979.02.25
EP冬が近い.jpg
冬が近い/キャンパス・ロードCBSソニー 06SH6341979.09.21
EP本日晴天ナリ!.jpg
本日晴天ナリ!/ウェット・ボーイCBSソニー 06SH7361980.03.21
EP恋はてっきりバ・ビ・ブ・ベ・ボ.jpg
恋はてっきりバ・ビ・ブ・ベ・ボ/ギャングが街にやって来たCBSソニー 06SH8571980.09.21

●LPレコード

ジャケットタイトルレコード番号発売日
LPトライアングルラブレター.jpg
トライアングル・ラブレターCBSソニー 25AH6471978.11.21
LP三重奏.jpg
三重奏・トライアングルCBSソニー 25AH8761979.10.21

4.出典、参考文献

・知識wiki
・wikipedia
・キャンディーズタイムズ


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Last-modified: 2014-01-11 (土) 01:17:15 (1198d)