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松山正明(まつやま まさあき)とは、学生時代から渡辺プロ友の会に於いてスタッフ的な立場におり、キャンディーズ・カンパニー代表、全国キャンディーズ連盟の代表者としてキャンディーズファンを統括し、キャンディーズのバックアップを推進していた人物である。


1.概要

茨城県出身。生年月日は不明だが、本人曰く「伊藤蘭さんと同じ歳」との事。

昭和50年、学生時代から渡辺プロ友の会に於いてスタッフ的な作業に従事しており、当時友の会のチーフであった中島隆雄の補佐として、キャンディーズファンクラブ各支部と渡辺プロ側の窓口的な立ち位置に居た。 キャンディーズファンクラブ内での肩書きは特に無かったようであるが、各支部長を統括指示する立場にあったため 事実上のトップであった。

松山氏の才覚は顕著であり、昭和50年には「ファンの、ファンによる、ファンのための」というコンセプトのもとにキャンディーズ10000人カーニバルが蔵前国技館にて催された。 翌年には大学生を中心とした「全国大学キャンディーズ連盟」を結成しよう、という呼びかけをキャンディーズタイムズ 1976年7月10日発行 第3号に掲載。 これにカーニバル実行委員会がシフト、合併する形で全国キャンディーズ連盟へと発展していった。 昭和51年、全国キャンディーズ連盟の主催によってキャンディーズ10000人カーニバル?が前年と同じく蔵前国技館で開催した。

クレバーで行動力も備えた秀才ではあったが、インテリっぽいルックスとクールな応対が誤解を招き、反発心を抱くキャンディーズファンも少なくなかったと言われる。

松山氏はキャンディーズ以外の仕事も行い、他のファンクラブに対しても様々なアドバイスをしていた。 前述の中島チーフの下で新人歌手のマネージャー補佐して現場に出ることあり、1977年10月にデビューした原田真二のマネージャー補佐的な立場として 活動していたこともあった。 原田真二がテレビ出演する際のサクラにキャンディーズ・チアガールズのメンバーをテレビスタジオに引っ張って行った事もあったようだ。

昭和52年7月17、キャンディーズが解散宣言。その後の全キャン連総会にて解散支持を決めると、ファン一丸となって最後のコンサートに向けてラストツアーに対処するファンの総本山的存在としてキャンディーズカンパニーを発足させ、代表を務めることとなる。

2.寄稿

キャンディーズ「卒業アルバム」に寄稿されていますので紹介します。

今はただ、解散コンサートの成功を祈るのみ。

 全国キャンディーズ連盟が組織されてからすでに2年の歳月が流れている。
もちろん全キャン連は以前からのファン・クラブに結成の端を発しているのだが、当初から「考え」「発言し」「行動する」という姿勢をとり、従来のファン・クラブの概念を超えることを目指して来た。ファン・クラブ改革を成し遂げることが、遠回りのように見えても、結局は一番良い方法であると考えたのである。

 現在までの会員数は3万を超え、又第2回キャンディーズ・カーニバルの主催団体となる等、量的にも質的にも目的はある程度まで達せられたと考えている。キャンディーズほど多種多様な活動をし、それを確実に身につけて来たタレントも珍しいのではないか。
それは歌手であり、演技者であり、そして「見ごろ!食べごろ!笑いごろ!!」(テレビ朝日)で見せるようなコメディアン(?)としての面を指すのを見れば一目瞭然であり、その一つ一つの重要性は無視することができない。
 しかし、最も重要で今日の彼女達を創造した最大の要因といえば、観客にじかに接するステージ活動以外の何ものでもない。
 デビュー半年後に行われた山野ホールでのステージを憶えているファンは少ないかも知れない。しかし、内容的にも多くの課題が残ったこのコンサートこそ、キャンディーズにも全キャン連にとっても、スタートという意味があてはまるのである。
キャンディーズはステージに全力を尽くし、そこにはまぎれもなく、キャンディーズの真実の姿があった。そして、ファンに呼応するように真剣な活動を始めたのだった。そして、それはキャンディーズ・カーニバルで一挙に開花するに至る。
 キャンディーズはアイドルとして確固たる地位を得た。全キャン連もそれを望んでいたが、究極の目的はもっと別のところにあったのである。それは、ポスト・アイドル--即、キャンディーズがもっと大人のタレントとして脱皮し、真の芸を持つ芸能人として成功することにあった。そこで初めてアイドルであったことにも価値が生じるのだ。その機会を失ったことは残念としかいいようがない。
 キャンディーズはステージに生きた。解散についての彼女達の心情を理解することは難しいかもしれないが、サヨナラ・コンサートを通して私達に何かを 答えてくれるに違いない。
今はただ、解散コンサートの成功を祈るのみである。

3.出典、参考文献

・卒業アルバム
・キャンディーズタイムズ 1976年7月10日発行 第3号


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Last-modified: 2019-11-24 (日) 22:15:40